付録3. 1機無限大系統モデル

 

付3.1 はじめに

 本付録では学生や初学者を対象に過渡安定度解析研究の入門に使いやすい1機系統モデルを提示する。この系統モデルは1台の発電機が変圧器と送電線で大きな電力系統に接続された「1機無限大系統モデル」と呼ばれるもので,発電機制御系としては,本文の基幹系統モデルでも使用した励磁系および調速機系モデルを使用している。ここで,励磁系モデルは自動電圧調整器(AVR:Automatic Voltage Regulator),系統安定化装置(PSS:Power System Stabilizer),および励磁機の部分から成り,また調速機系モデルは調速機(GOV:Governor)とタービンの部分から成っている。外乱としては至近端, 線路中央での3LG(3相地絡事故)を想定している。

 機器定数等は原則として本文の基幹系統モデルでも用いたY法の標準定数を使用している。また,PSSの制御定数も基幹系統モデル用に検討した定数であり,本系統モデル用に最適に整定されているわけではない。

 

付3.2 本付録の活用方法

 簡便な系統モデルを使った電力系統の過渡安定度の解析例が,すべての必要なデータとともに明記してある。また複数の解析ケースを用意し,解析結果の諸量も添付してあるので,以下の場合に有用である。

 

付3.3 系統モデルの諸条件

 系統条件,インピーダンスマップを各々 付図3.1,付図3.2 に,系統モデルの概要,発電機本体定数,ベース変換表を 付表3.1〜3.3 に示す。なお,発電機G1の制御系モデルについては,付録1のLAT=1(or 102), LPT=1 (付図1.1, 付図1.2 参照)を用いた。

 また,G4は無限大母線を表しており,発電機モデルは 付録1 のXd'背後電圧一定モデルを用い,発電機容量はG1の100倍,慣性定数はほぼ無限大と見なせるように,入力可能な最大値としている。

 

付3.4 過渡安定度計算例

付3.4.1 解析ケースの設定

 付図3.3 に示す事故シーケンスと,励磁系のタイプ,事故除去後の再閉路の有無を組み合わせて,付表3.4 に示す6種類の解析ケースを設定した。この中でケース6を基本ケースとして,計算結果の詳細を後述する。

 

付3.4.2 安定度計算結果解説

(1) 基本ケース(ケース6, 付図3.4

(a) 事故中 (0.07秒間)

 送電線の発電機側至近端で3相地絡事故が起きると,事故点で発電機からの電力の流通路が閉ざされることとなる。事故点には大きな地絡電流が流れるが,事故点電圧が零であるので有効電力はほとんど消費されない (付図3.4 有効電力)。このように原動機が発生し発電機により電気に変換されたエネルギーの輸送先と消費先がなくなるため,発電機が加速し,回転数が増加する(付図3.4 角速度偏差)。それに伴い内部位相角が増加する(付図3.4 内部位相角)。この速度偏差の増加を検知してGOVは機械的入力を下げるような指令信号(例えば蒸気弁を絞るなど)を出す。これによりタービン出力は低下する(付図3.4 タービン出力)。一方,無効電力は,この短絡リアクタンスで消費され,事故前より大きくなっている(付図3.4 無効電力)。また,発電機端の電圧は,短絡により低下するため(付図3.4 発電機端子電圧),AVRは発電機端子電圧を回復させるため発電機界磁電圧を上昇させるよう指令信号を出す。しかし多くの場合界磁電圧のリミット値にかかってしまう(付図3.4 界磁電圧)。

(b) 1回線開放後

 事故点のアーク等事故原因を除去するため,事故が発生している回線の送電線で両端の遮断器を開放する。そうすると1回線運用になりこれまで途絶えていた送電能力が健全時の約半分だけ回復する。事故中の電気出力と機械入力との差により,発電機は加速し,発電機の内部位相角も広がっていたが,事故除去後は1回線運用時における平衡点に向かおうとする。このとき発電機は位相角を変化させながら動揺し,有効電力も動揺する。

 一方,GOVは動揺に応じて機械的入力を増減させ,収斂するまで加速・減速を交互に繰り返す(付図3.4 タービン出力,角速度偏差)。AVRは発電機端子電圧の回復に伴って,界磁電圧を下げようとするが,端子電圧は電力動揺に伴って振動しながら安定化に至る(付図3.4 発電機端子電圧,界磁電圧)。また,PSSは系統の電力動揺を検出し,動揺を安定化させるように励磁系に補正信号を付加している。

 

(2) 各ケースの比較 ( 付3.5図 )

(a)ケース1〜4 (G1の励磁系LAT=1) の場合

 これらのケースはPSSが無く,AVRも通常のゲインをもつ応答の遅いタイプの設定となっている。過酷な至近端事故に対しては再閉路の有無にかかわらず脱調に至っている。このような動揺のない脱調のケースを1波脱調と呼び,PSSの有無にかかわらず超速応型励磁系を採用したり事故除去時間を早める必要がある。

 一方,線路中央事故に対しては,事故時においても若干の電力が送れるので,発電機の加速が若干遅くなる。このため再閉路有無の両ケースとも脱調に至ることなく,数波で動揺は安定化する。ただし,再閉路のある場合はもとの内部位相角に,また再閉路の無い場合は1回線運用時の内部位相角に収束しようとしている。なお再閉路とは事故除去のため開いた事故回線の遮断器を再度閉じて,事故前の状態に戻すことを言う。

(b) ケース5〜8 (G1の励磁系LAT=102(PSS付)) の場合

 これらのケースはPSSが有り,超速応型のAVRを使用している。このためどのケースも脱調に至らず,事故除去後の動揺はPSSにより抑制され減衰は速い。最も過酷な至近端事故で再閉路の無い場合でも,3波程度の動揺で安定し,再閉路有りの場合では1波の動揺で安定している。また,線路中央事故では,動揺の振幅は小さいものの再閉路有りで4波,再閉路無しで3波の動揺が続いている。これは再閉路により新たな外乱が加わり,動揺の減衰を遅らせたことや,この超速応型励磁系のPSSの整定が不十分であることに因る(本系統モデルでの整定ではなく,基幹系統モデルでの値を流用している)。

 

付3.4.3 Y法プログラムの入力例

 Y法プログラムへの入力データを 付図3.6 に示す。データフォーマットについては 付録2 を参照されたい。