電気技術史技術委員会委員長挨拶

−現在の技術を記録しよう−

 

国立情報学研究所長 末松安晴

          
 電気技術史技術委員会の委員長を拝命し、大変に重く受け止めています。三井恒夫前委員長を始め委員、幹事の皆様方の果たしてこられた絶大なご貢献に深く感謝いたしたいと存じます。この委員会は、職域における研究成果を持ち寄って議論する通常の委員会とは多少異なり、皆様方ご自身の個人的なご努力によってのみ成果が得られ、発展するものであり、今後の会員各位の一層のご尽力とご協力をお願いします。
 技術の発展は一歩一歩階段を登るようなもので、一つの機能を担う技術が開拓されて広く普及すると、これが踏み台になって次のより優れた新しい技術が産み出されます。こうして次々と階段を登るようにして果てしなく技術が発展し続けます。しかし、踏み台となった旧世代の技術はいつの間にかこの世から完全に消え去ってゆきます。CDレコードが出現してLPレコードが居間から消滅してしまったように。このように人を助ける機能を背負ってきた技術の発展過程を調査して評価し、系統的に記録することは、消滅する運命にある人類の飽くなき英知発露の痕跡を辿って記録することであります。そうして系統化された発展の流れに接する人々は変革の流れを肌で感じ、明日の創造への意欲をかき立てられます。釈迦に説法ですが、ここに技術史を明らかにし、技術の発展を記録する大きな意義があります。こうした流れを系統的に保存するのは科学博物館の仕事とされてきました。しかし、情報技術が進歩してディジタル・コンテンツの内容が豊富になり、文字や画像に止まらず、3次元画像、音声、そして映像までが比較的容易に記録されるので、記録能力が飛躍的に充実してきました。専門家集団が身近な仕事を評価して記録することが容易になりました。加えてネットワークの大容量化が進むにつれて、こうした記録をインターネット上で誰もが何時でも自由に見聞きすることができるようになってきました。こうして、魅力ある記録内容でさえあれば専門家から子供達まで、そして国際的にも広く社会からアクセスされます。その効果は、専門分野の技術者間の財産だけではなくて、社会人の啓蒙や、若者の科学技術教育、更には文化の国際的な発信としての様々な役割を担うことになります。こうして国際的に最高水準に達した我が国の技術が記録され、国際語で適切に公開されれば、その成果は世界的な広がりの中で活用され、我が国の技術の成果を世界に主張することにも役立ち、記録して公開することの意義が益々重くなります。
 技術の進歩が大変に早くなっている現在、過去の技術を発掘して保存するだけではなくて、現在の技術を適切に選択して記録し保存しなければならなくなっています。特に、現在の我が国の電気技術のように、世界の最高峰に位置づけられた技術の記録は世界の文明の記録という視点からも意義深いことでしょう。こうした分野の突出した技術には、国際的にも各種の賞が与えられており、それなりに厳重な審査がなされて選択されたものが多いので、該当する技術の選択の指標になります。こうすれば、我が国を経済大国として歴史上初めて世界史の檜舞台に登場させた科学技術という舞台装置が記録し保存されるでしょう。また、世界の最先端で絶えず発展し続ける電気技術の現状が親しみやすく映し出されて、安定指向の若者に未来への挑戦意欲をかき立てることにも貢献するでしょう。そうした一連の大切な役割を考え会わせると、IEEEが行っているように、学会活動の中に電気技術歴史センターを作る必要があります。経済的に必ずしも良くない現在の学会にとって、この様な事業は困難との見方もありますが、各種の電気関連学会の連携統合などが図られるようになれば、学会としての余力も生まれます。そのような活動は会員のみならず社会のため、また国際的に存在感を持つことになります。学会活動には大所高所からこうした世界の動向を斟酌しなければならないでしょう。会員にとって新しいサービスを提供し、社会への発信と国際的な技術の主張を行うためにも、電気技術史研究会の活動に大きな期待がよせられています。
 
 
 
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